ついに文庫化されて今話題を呼んでいる『百年の孤独』。この機に乗じてラテンアメリカ文学をおすすめしたい…!と思って記事を書いた。
今回も更なるおすすめラテンアメリカ文学を紹介したいと思う。
- 1.『ペドロ・パラモ』フアン・ルルフォ 杉山 晃、増田 義郎 訳 岩波書店
- 2.『星の時』クラリッセ・リスペクトル 福嶋伸洋 訳 河出書房新社
- 3.『寝煙草の危険』マリアーナ・エンリケス 宮﨑真紀 訳 国書刊行会
1.『ペドロ・パラモ』フアン・ルルフォ 杉山 晃、増田 義郎 訳 岩波書店
フアン・ルルフォの著作リストを見たら、そのあまりの短さに驚くかもしれない。ルルフォが残したのは長編小説が一編、短編集が一冊、それだけだ。しかしその二冊でルルフォは伝説的な作家になった。ルルフォによるたった一冊の長編小説、それが『ペドロ・パラモ』である。たとえばWikipediaの英語版にはこの小説で起こる出来事をかなり詳しく書いたページがある。しかし、それを読んで何が起こるのかを知ることと、この小説を実際に読むことは、あまりにもかけ離れている。ストーリーを語ることでその素晴らしさを伝えることができるようなたぐいの小説では、これはないのだ。ガブリエル・ガルシア=マルケスが「前からでも後ろからでもまるごと暗唱できる」と語ったという類まれなる一冊を、ぜひ一度は読んでほしい。
2.『星の時』クラリッセ・リスペクトル 福嶋伸洋 訳 河出書房新社
ラテンアメリカ文学として紹介されている本はその多くがスペイン語で書かれているが、リスペクトルはブラジルの作家で、ポルトガル語で小説を書いた。本書は二〇二一年に翻訳刊行されてこの素晴らしい作家が日本で注目されるきっかけとなった一冊であり、ある作家がひとりの女性の人生を語るという形式で書かれている。しかしその女性は、本来ならばとても物語の主人公の座を与えられるような人ではない。彼女は天涯孤独の若い女性で、田舎から都会に出てきてタイピストになり、変わり映えのしない毎日を送っている。目を惹くような美貌や、人とは明らかに違う才能に恵まれているわけでもなく、周囲を惹きつけるような強烈な個性があるわけでもない。人ごみに紛れてたちまち見えなくなってしまうような、そんな普通のひとだ。名前はあるにはあるが、それを呼ばれるのはだいぶ物語が進んでからである。まさに名もなき女。リスペクトルはそんな彼女を物語の主人公にした。語るべきことが何もないような彼女について語った。そしてこの小さくて、奇妙にあたたかい本が生まれた。誰かについて語るのが、あなたはかけがえのない人だったと伝える方法であることが、時にはあるのだ。
3.『寝煙草の危険』マリアーナ・エンリケス 宮﨑真紀 訳 国書刊行会
今注目の作家エンリケスの第一短編集。一読忘れがたい話が多い。たとえば「ちっちゃな天使を掘り返す」の、どこまでもついてきてしまう「もの」に漂うそこはかとないおかしさであったり、「井戸」のもうここから何をすることもできないという静かな絶望感であったり、「どこにあるの、心臓」の切れ味のいい最後のことばであったり、人に嫌な想像をさせるのが絶妙にうまい「ショッピングカート」であったり。「このホラーがすごい! 2024年版 海外編」で一位を獲得したのも納得のホラーとしての完成度の高さである。本書が好みだったら、ぜひエンリケスのもう一つの短編集「わたしたちが火の中で失くしたもの」もぜひ。
「わたしたちが火の中で失くしたもの」のレビューはこちら↓