江戸川乱歩が激賞し、星新一が「あきらかに城さんの影響を受けている」(p.125)と語った作家、城昌幸。独特の詩情をたたえたその作品群が、『みすてりい』『のすたるじあ』の二冊に収められ、同時発売された。
ここではそのうちの一冊『のすたるじあ』からお気に入りを三編紹介してみようと思う。
「郷愁」
本来の目的地に向かう船を衝動的に降り、小さな島に足を踏み入れた男。知り合いなどいないはずのその島で、彼に「おかえんなさい」と呼びかける女がいた。
ほんの気まぐれがきっかけで非日常の世界に入り込んでしまう。城昌幸は実にきれいにこういう物語を書く。この話の場合、「一体どういうことだったのか」の謎を無理に解き明かすような野暮はしない。不思議は不思議のまま、切ない余韻は消しようもない。
「死人に口なし」
憔悴しきった旧友S――に出くわした「私」は、彼から奇妙な話を聞かされる。親のないS――たちきょうだいを引き取った変人の伯父は、あることを恐れていた。それは…
この伯父がいかに変わった人間であるかを描くだけで一編の小説になりそうだが、物語は伯父の人となりからポオ風(作中に言及がある)の恐怖の物語となっていく。この物語がどういう結末を迎えるのかはもちろんここでは言えないが、筆者はこういうどこにも着地しないような話が好きである。
「他の一人」
突如として二人になってしまった和田宗吉。はたして、本来は当然一人であるべき「和田宗吉」という個人が「二人になる」とは?
「いきなり、和田宗吉は二人になってしまった」(p.225)という、カフカの「変身」の冒頭を思わせるようなシンプルかつ驚きの一文から始まる本編、わずか八ページで、一人の人間が二人になるとはどういうことなのかをぐるぐる考えさせてくれる。そして結末は……これ以上は言えないが、つまり誰も安全ではないということだ。
ぜひ『みすてりい』とあわせて読んでほしい一冊である。
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