夜になるまえに

本の話をするところ。

ギリアン・フリンのたくみな語り「カーターフック屋敷へようこそ」

 ギリアン・フリン、と聞いてあなたが思い出すのは何だろうか。
 代表作といえばなんといっても『ゴーン・ガール』だろう。数々の賞にノミネートされ、刊行の翌年にデヴィッド・フィンチャー監督による映画も公開されて話題を集めた。その後デビュー作『KIZU―傷―』もエイミー・アダムス主演でドラマ化され、第二作『冥闇』もシャーリーズ・セロン主演で映画化されている。いずれも邦訳が刊行されている。
 しかし、実はギリアン・フリンはこれまでにもう一冊、小説を発表している。しかもその作品は既に邦訳されている。それが『カーターフック屋敷へようこそ』だ。五三ページの短編ゆえに書籍化が難しかったのか、日本語版は電子書籍でしか入手できない。
 「ハンドサービス風俗嬢」兼「イカサマ占い師」である「わたし」のもとに、ある日裕福な主婦スーザンが訪ねてくる。継子との関係に悩む彼女をカモにしようと自宅の「浄化」を申し出た「わたし」は、継子マイルズに不穏なものを感じるようになり……


 物語はこんな一節で始まる。

 

「ハンドサービスの仕事を辞めたのは、下手だったからじゃない。上手すぎたからだ。」

 

 あらすじだけを読むと「どこからこんなこと思いつくんだろう?」と思わずにいられない組み合わせの二つの職業だが、フリンの語りのうまさにかかると納得してしまう。語り手が送ってきた人生を語り終えてスーザンがやってくる頃には、決して悪人ではないのだが、お金持ちを利用して一稼ぎすることも辞さない「わたし」の姿がくっきりと見えてくる。そんな彼女が巻き込まれてしまったのは、邪悪な子どもによる陰謀なのか、いわくつきの屋敷で起こる心霊現象なのか、それとも……
 フリンのたくみな語りに翻弄されて突っ走る充実の五三ページ、大満足である。物語は最後の最後までどう転ぶかわからず、読者を安心させてくれない。どういうものかは興を削がないよう言わないが、この終わり方がまた、いいのである。

 

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