夜になるまえに

本の話をするところ。

書けない文章を書く作家「しらふで生きる」


 世の中には書けそうで書けない文章というものがあるし、書けなさそうで書けない文章もある。本書の著者、町田康の文章は間違いなく後者である。
 本書からいくつか例を挙げよう。

 というのは、組織・団体には必ず設立の目的というものがある。つまり、「回転式鼻毛カッター普及協会」であれば文字通り、回転式鼻毛カッターの普及が目的だし、「吉岡を滅ぼす会」であれば、吉岡を滅ぼすことが目的である。(p.63)

 組織・団体の例が特殊過ぎる。回転式鼻毛カッター? そんなもの本当にあるの? 吉岡を滅ぼす会って何なんだ。吉岡が何をしたっていうんだ。つうか吉岡って誰だ。

 ここはやはり本居宣長ならなんと言うか、吉田松陰先生ならなんと仰るか。そういったことを考えないといつまで経っても攘夷は実行できない。そうだろ? みんな。そうだろ? 天智天皇。(p.75)

いや、百歩譲って本居宣長吉田松陰が出てくるのはわかる。天智天皇はなんなんだ。どこから出てきたんだ。
 と、言う具合に町田康は書く。ツッコミを入れざるを得ないような異形の文章を。そこに現れるのは奇妙な論理が導く奇妙な世界だ。本書のテーマは酒をやめることである。そして、酒をやめることについて、実はこの本はかなり深く掘り下げている、と思う。しかしそれがどういうふうに綴られているかと言うと、たとえばこんな感じだ。自分がいかに酒をやめたかをさあこれから話そうという時に、著者は言う。

 まず私がしたいのは本郷猛の話である。(p.92)

 本郷猛? 突然何を言い始めたの? 仮面ライダーじゃん、と思いながら読み進めると、著者は本郷猛がショッカーの手で改造人間になったことを述べ、こう続ける。

 私が着目するのはまさにそこで、改造人間、というのは酒をやめようとする人間にとってきわめて示唆的なwordである。
 どういうことかというとバッタは酒を飲まない。なのでバッタの要素を取り入れた改造人間になった本郷猛はおそらく酒を飲まなかった。劇中、本郷猛が酒を飲んでいるシーンはなかったように思う。
 ならば。自分自身も改造人間になれば酒を飲まない、飲みたくなくなるのではないか。(p.93)

 

 「仮面ライダーになれば禁酒できる」って、そんな無茶な理屈はじめて聞いたよ! 
 しかしこの文章がこの後、まじめに禁酒する際の心の持ち方の話に繋がり、読む者を「ほほう」と思わせて終わるのである。嘘ではない。脈絡のないことを持ち出してふざけたことを大真面目に語る、そしてちゃんとまじめな話もする、でもこの語り口のために全然気分が重たくならずに読める、これは町田康にしか書けない、稀有な禁酒本ではないだろうか。

 

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