夜になるまえに

本の話をするところ。

2022-01-01から1年間の記事一覧

ファンは必読です(断言)。「The HEARTSTOPPER YEARBOOK ハートストッパー・イヤーブック」

さて、筆者は「HEARTSTOPPER ハートストッパー」のファンである。これまでこのシリーズについては、未邦訳の短編小説のレビュー二本とシリーズ全体についての記事一本を書いた。 arimbaud.hatenablog.com arimbaud.hatenablog.com arimbaud.hatenablog.com …

ラブストーリーは終われない”Nick and Charlie”

ラブストーリーはどこで終わるのが「正解」なのだろうか? ライバルやすれ違い、その他の障害を乗り越え、波乱万丈の末に、好き合っているふたりの想いがお互いに通じ、ふたりは今や両想い、めでたく恋人同士となりました。そこで「やめておく」というのが、…

「おとうさん」が行きたかったところ「おとうさんとぼく」

これはちょっぴり子どもっぽいが息子をたいへんに愛しているおとうさんと、いたずら好きで元気な男の子との、なんてことのない日常のあれこれと、冒険の日々を切りとった漫画を集めた一冊である。 象の親子と「おとうさんとぼく」が出会い、仲良くなった子ど…

考えることをやめないこと「言葉の展望台」

コミュニケーションとは、何だろうか。 本書のプロローグで、著者はコミュニケーションをこう定義する。 「誰かが何かをしたり、言ったりすることで何かを意味し、別の誰かがそれを理解したときに成立するもの、それを「コミュニケーション」と呼ぼう」(pp.…

「会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション」を片手に「マトリックス」を観てみる

あなたは中村明日美子先生の漫画「同級生」がお好きだろうか。あるいは「鋼の錬金術師」が。あるいは「オリエント急行の殺人」が。 たぶんこれらの作品を読んだことのある人であれば覚えているであろう印象的な会話がこの本には取り上げられている。それも、…

わたしたちはまちがいを犯す「かわいい子ランキング」

ある日、フォード中学の生徒たちに送られてきた「かわいい女の子ランキング」。一位はおとなしい女の子イヴだった。イヴの父親や妹ハンナはそれを「ほめられている」と受け取る。 そのくだりを読んでいて、だめだよ、と思った。「かわいい女の子ランキング」…

問い続け、考え続けるために「水中の哲学者たち」

押していただけたらうれしいです! ランキング参加中読書 これは寝る前に読みたい本だな、と思った。どんな本を「寝る前に読みたい本」だと思うのか、と訊かれても説明するのは難しいのだが、たぶん少しずつ少しずつ、何日もかけて読める、あるいは読みたい…

漢字で書こう。嫌あああああああ! 「わたしたちが火の中で失くしたもの」

嫌、なのだ。イヤ、でも、いや、でもない。漢字で書くべきだ。嫌。「わたしたちが火の中で失くしたもの」を読んで真っ先に思い浮かぶ言葉である。 何が嫌なのか。たとえば「パブリートは小さな釘を打った」。ラストが嫌である。たとえばホラー映画のラスト、…

異様にどんでんがえしを見破ってしまう私がどんでん返された 「星降り山荘の殺人」

押していただけたらうれしいです↓ ランキング参加中読書 皆さんはどんでん返されるのがお好きだろうか。私は好きである。 だが、哀しいかな、きれいにどんでん返された、という本は、実はあまりない。なぜか。 見えてしまうのである。 なぜだろう、本当に小…

いつの時代も人間は同じ。 「狙った獣」

押していただけたらうれしいです!↓ ランキング参加中読書 ※ネタバレがあります。 マーガレット・ミラーは恐ろしく素晴らしい作家だ。「狙った獣」。まずはいつもながらタイトルが素晴らしい。導入部もそう。知らない女が電話をかけてきて意味不明のことを言…

「衣裳戸棚の女」が極私的密室殺人ベスト1である理由。

押していただけたらうれしいです!↓ ランキング参加中読書 あなたは密室殺人がお好きでしょうか? お好きでしょうね。 たとえば鍵のかかった部屋で、たとえば足跡のない雪の中で、他殺体としか思えない死体が発見される。誰がどうやって殺したのか? いいで…

わたしたちはどちら側にいるのか「生命式」

表題作「生命式」に描かれるのは、たとえば剣と魔法が活躍するファンタジー世界、ではない。それは今わたしたちが住んでいるこの世界、に限りなくよく似ている、ようだ。しかし昼食時に主人公池谷の後輩から「以前職場にいた中尾さんが亡くなった」というニ…

だって川上弘美がそう書いているのだから。 「東京日記 1+2 卵一個ぶんのお祝い。/ほかに踊りを知らない」

エッセイの書評を書くのは難しい。いわんや日記の書評をや。しかも、これは日記、なのだけれども、当たり前ながら川上弘美の書くものでもあって、川上弘美の書くものに書評など本来ならば必要はないのである。百足になぜおまえの足はそんなに多いの? と訊い…

It's still the same old story「イン・ザ・ドリームハウス」

時に人と人との関係は暴力的なものになる――こう書くと、恐らくはたいていの人が「それはそうだろう」と思うのではないだろうか。しかし、そこにいくつかの要素を足してみよう。親にたたかれた――それは子どもであるあなたが悪いことをしたから躾をしているの…

「地獄の門」からお気に入りを五篇並べてみる。

皆さんはモーリス・ルヴェルという作家をご存じだろうか。 フランスのポオと呼ばれ、ヴィリエ・ド・リラダン、モーパッサンの系譜に列なる作風をもって仏英読書人を魅了した、鬼才ルヴェル。恐怖と残酷、謎や意外性に満ち、ペーソスと人情味を湛える作品群は…

持っててよかった絶版本を紹介してみる。~海外文学篇~

本を愛する人は決して油断してはいけない。気になる本はとにかく気になった時に買うのだ。…と前回書いた。自分の本棚を見て、あれもこれももう新しい本では手に入らないのだなあ…と思うと感慨深いものがある(今部屋の整理をしているのである)。そしてでき…

持っててよかった絶版本を紹介してみる。~海外ミステリー篇~

本を愛する人は決して油断してはいけない。気になる本はとにかく気になった時に買うのだ。これまでどれだけ多くの本がいつのまにか書店からも出版社からも消え入手困難になっていっただろうか。海外文学は特に権利関係などの問題で復刊が難しいこともあるし…

お気に入りの白水Uブックスを五冊挙げてみる

皆さんは白水Uブックスがお好きだろうか。私は大好きである。念のために解説すると白水Uブックスとは、白水社が出している新書サイズのシリーズで、岸本佐知子著「気になる部分」のようなエッセイなどもあるが、主に海外文学を出している。あのラインナップ…

書けない文章を書く作家「しらふで生きる」

世の中には書けそうで書けない文章というものがあるし、書けなさそうで書けない文章もある。本書の著者、町田康の文章は間違いなく後者である。 本書からいくつか例を挙げよう。 というのは、組織・団体には必ず設立の目的というものがある。つまり、「回転…

一匹の犬とひとりの女性の友情「フラッシュ 或る伝記」

この伝記の主人公が自らの祖先と名のる家族は、ひじょうに古い家系のひとつであると広く認められている。だから家名そのものの由来もよくわからなくなっているのも、ふしぎではない。(p.7) という文章を読んで、あなたはこの「主人公」をどういう人物だと…

愛情ではできないこと”This Winter”

※”Heartstopper”第五章(日本版は二〇二二年六月刊行予定の第四巻に収録予定)及び、第五章と第六章の間に起こった出来事を描く小説”This Winter”の内容に触れています。”Heartstopper”第五章英語版はこちらから↓無料で読めます。 www.webtoons.com “Heartst…

「HEARTSTOPPER ハートストッパー」をより楽しむために

はじめに はじまりはWeb漫画 実は無料で読める? 五巻で終わる? 小説版もある? さいごに はじめに Netflixのドラマ「HEARTSTOPPER ハートストッパー」が人気である。 www.netflix.com Twitterではこのドラマに魅了された人々の感想が絶え間なく流れてくる…

床に転がるほどの愛「裸一貫! つづ井さん」

突然だが、あなたは成人してから床に転がって暴れ回ったことがあるだろうか。私はない。記憶に残らないくらい幼い時分は知らないが、記憶にあるかぎりは子どもの時にだってない。実際に成人が床に転がって同じ言葉をくり返しながら暴れる場面を目にしたら、…

シスターフッドが生まれるとき「アレグリアとは仕事はできない」

シスターフッド、という言葉を最近よく聞くようになった。コトバンクには「姉妹。また、姉妹のような間柄」「ウーマン・リブの運動の中でよく使われた言葉で,女性解放という大きな目標に従った女性同士の連帯のこと」という定義が並ぶ。 kotobank.jp 「アレ…

はじめにことばありき「皆勤の徒」

閨胞?搾門?隷重類?(けいぼう、さくもん、れいちょうるい、と読む)第二回創元SF短編賞を受賞した表題作「皆勤の徒」第一章の最初の一ページから、読む人は未知の言葉に出くわす。これは私が知らないだけで実在する言葉なのか、それとも作者による造語な…

「ラヴレターズ」からお気に入りを五篇並べてみた。

作家、女優、映画監督、映画、タレント……豪華26人が「恋文」を競作!史上最高の執筆陣が放つ、心を鷲づかみにする名文集 あなたはラヴレターを書いたことがありますか?恋心ほどやっかいで愛しいものはない。かつての同級生、年齢の離れた伯父、昔自分を弄んだ…

私が待っていたことば「馬たちよ、それでも光は無垢で」

書評とは、なんだろうか。 しょ‐ひょう【書評】‥ヒヤウ書物の内容を批評・紹介すること。また、その文章。「新刊書を―する」「―欄」 と、広辞苑にある。 では、と今度は「批評」を引いてみる。 ひ‐ひょう【批評】物事の善悪・美醜・是非などについて評価し論…

書くということ、言葉というもの「これはペンです」

この本の表紙には当然ながら、「これはペンです」というタイトルが記されている。そしてその横には、そのタイトルの英訳、「This Is A Pen」も。This is a pen。この、奇妙な文を口にする/書く理由について考えてみる。何かの例文として。あるいはその奇妙さ…

「泣ける本」ではなく。「体の贈り物」

何をどう語ればこの本の美しさを伝えることができるのだろう? 「泣ける」という言葉では到底それは伝わらない。たとえば「汗の贈り物」を、「言葉の贈り物」「悼みの贈り物」を読んで泣いてしまうことは、この本を「泣ける本」のカテゴリーに入れるに十分な…

うらやましいふたり「胃が合うふたり」

「胃が合うふたり」は、「ちはやん」「新井どん」と呼び合う作家と書店員、近しい友人同士であり何よりも「胃が合う」ふたりが、一緒に食べたものについておのおの書いたエッセイを収めた、それぞれの個性が表れる文章が味わい深い一冊である。 うらやましい…