夜になるまえに

本の話をするところ。

愛情ではできないこと”This Winter”

 

※”Heartstopper”第五章(日本版は二〇二二年六月刊行予定の第四巻に収録予定)及び、第五章と第六章の間に起こった出来事を描く小説”This Winter”の内容に触れています。”Heartstopper”第五章英語版はこちらから↓無料で読めます。

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 “Heartstopper”第五章はチャーリーが抱えるメンタルヘルスの問題と向き合った章だった。問題を抱えているチャーリーだけでなく、ニックがいかにこの問題と向き合うかを描いていた。そして第五章と第六章の間の出来事を描くのが、本書”This Winter”である。

 第五章でニックは、母の協力を得て、チャーリーが抱える問題に適切に対処できるよう、彼を支える。このくだりで素晴らしかったのは、愛情がすべてを解決するというありがちな展開にしなかったところだ。ニックは、彼の母が賢くも指摘するように、たった十六歳の少年であり、メンタルヘルスの問題とは十六歳の少年がどうにかできるようなものではない。専門家による適切な指導が必要な問題である。そのことをはっきりと描いたうえで、ではチャーリーのためにニックにできることは何かを、物語は丁寧に描いていく。そして一区切りがついた上で、本書”This Winter”がある。

 本書には、チャーリーが次のように独白するところがある。

 

 君が精神的に病気だと知っている時、ほとんどの人は完全にそのことを無視したがるか、君のことを、ヘンで、怖くて、興味をそそられる人扱いをする。その中間にいるのが本当の意味で上手な人はほとんどいない。

 中間にいるっていうのは難しいことじゃない。ただ「そこにいる」それだけだ。助けが必要な時に助けになる。すべてを理解しているわけでなくても、理解者でいる。

(中略)ニックは中間にいるのが上手だ。

 

 When people know you’re mentally ill, most people either want to ignore it completely or they treat you like you’re strange, scary, or fascinating. Very few people are actually good at the middle ground.

 The middle ground isn’t hard. It’s just being there. Being helpful, if help is needed. Being understanding, even if they don’t understand everything.

 (…)Nick is good at the middle ground.(p.78)

 

 

 この部分は特にニックがチャーリーの支えになっていることがよくわかるところだと思う。たとえ他の場所で好奇の目に晒され、理解されず、逃げ出したくなったとしても、チャーリーにはニックがいる。この”This Winter”という短い物語そのものが描いているのが、つまりはそういうことだ。ニックはチャーリーにとって逃げていける場所、自分を傷つけないとわかっている安全な場所なのだ。”Heartstopper”で二人が出会ってからずっとその関係を見守って来た読者は、深くうなずけるだろう。この二人はお互いにとってそういう存在であろうとしてきた。

 チャーリーにとってもう一人の得難い理解者である姉のトリ――「トリも中間にいるのが上手だ/Tori’s good at the middle ground too」とチャーリーは語っている――の視点から語られる部分もあり、彼女のファン(筆者もその一人だ)にとっては、彼女の頭の中を覗ける貴重な機会にもなっている。”This Winter”、ぜひ手に取ってみてください。

 

”Heartstopper”本編以外の短編などなどの時系列を整理した記事はこちら↓

 

arimbaud.hatenablog.com