夜になるまえに

本の話をするところ。

「嘘をついたのは、初めてだった」からお気に入りを五本選んでみた。

 「嘘をついたのは、初めてだった」という一文から始まる二十九編の短編を集めたアンソロジー「嘘をついたのは、初めてだった」。同趣向の「黒猫を飼い始めた」に続く第二弾である。今回は本書からお気に入りを五編紹介したいと思う。

 ※掲載順に並べてある。 

 

須藤古都離「嘘の代償」
ある兵士に課せられた使命。それは、恐るべき戦闘能力で味方の部隊を殲滅したターゲットの殺害。しかしそのターゲットは……
本書の冒頭を飾る一編。「嘘」という言葉の意味がずっしりと重みをもって迫る幕切れが素晴らしい。切なさにあふれたある戦争の物語。

 

芦沢央「二十五万分の一」
 嘘をついた人間は消えてしまい、最初からいなかったことになる世界。人の消失によって整合性が取れなくなったことを調整する役目を持っているために、消えてしまった人間のことを覚えていられる「私」が、初めてついた嘘とは。
 これもまた切ない嘘であり、切ない物語である。こういうふうに「他の人間が認識できないことを認識できる数少ない人間がいる」という設定が好きだ。

 

阿部暁子「悲雨」
 ある雨の日、芳郎に拾われた私。身寄りのない私と芳郎の、穏やかなふたりぐらしは一年の間続いたが……
 決してうまくいくはずなんてないふたり。けれども出会ってしまったふたり。静かに始まり静かに終わる、あまりにも切ない一編。

 

阿月まひる「村上」
 入学初日から目立っていて、よくない騒ぎを起こしてしまい、避けられている村上。あるきっかけで彼の内面を知った私は、彼を「推す」ようになるが。
 男女が親しくしているとやたら異性愛の関係の落とし込もうとする人々、および物語に日頃うんざりしている身としては、「私」の心情に非常に共感できた。短いが的確な「推し」の定義もあり、こちらも同感である。嘘というモチーフを効果的に使っていて、絶妙のタイミングで終わる一編。

 

矢部嵩「嘘コントパンケーキワイヤドテレフォンスーサイドゴーホーム」
 私と近道君がカフェで会話をしている。
 あらすじを書くとそうなるのだが、この話の異様さは実際に読んでもらわなければわからないだろう。まず最初の一行に続く「私」の台詞にやられる。そしてさらに続く会話が何とも言えない異様さに満ちている。誤植ではないかと思われるほど異様な「私」の台詞を追っていき、「はじめての嘘」が何なのかがわかると、「と、いうことは……」とあることに思い至って、怖くなってしまう。「それ」はどういう姿をしていたのだろう。

 同じ一文から始まってこれだけちがう物語を紡ぎだせるのかと、今回も楽しく読ませてもらった。このシリーズ、ぜひこのまま継続してほしい。

 

前作「黒猫を飼い始めた」の記事はこちら↓

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