『百年の孤独』が売れている。この機に乗じて他のラテンアメリカ文学をおすすめするべし…!と思って「『百年の孤独』の次に読んでほしいラテンアメリカ文学」という記事を書いた。
これがなかなか好評だったため、第二弾を書くことにした。「『百年の孤独』の次に読んでほしいラテンアメリカ文学」というタイトルではあるが、今、大型書店でも品切れが相次いでいる『百年の孤独』の在庫が復活する前に、これらの本を手に取ってひと足早くラテンアメリカ文学の世界に触れてみてはいかがだろうか。
1.『砂の本』ホルへ・ルイス・ボルヘス 篠田一士訳 集英社
ボルヘスは、ラテンアメリカ文学を語るうえで外すわけにはいかない作家である。と言っても異論を唱える人は少ないだろう。本書や『伝奇集』(鼓直訳、岩波書店)他に収められた数々の短編、詩、エッセイ、アドルフォ・ビオイ=カサーレスとの共作によるミステリーなど、その作品は多岐にわたり、翻訳も多い。その中で最初の一冊を選ぶとしたら前述の『伝奇集』もしくは本書であろう。無限のページを持ち、二度と同じページにたどり着くことはできない神秘の本をめぐる表題作、時を超えて異なる時代のふたりのボルヘスが相まみえる「他者」など、読者を迷宮に誘う名編が多数収録されている。また、この集英社文庫版はボルヘスが世界中の悪漢たちの物語を語りなおした『汚辱の世界史』も収録しており、一冊で二冊分のボルヘスを読めるというお得な本なので、そういう意味でもおすすめである。もちろん、『百年の孤独』の翻訳者でもある鼓直がボルヘスの人生を語る解説も含め、これまた傑作ぞろいの『伝奇集』も必読。
2.『蜘蛛女のキス』マヌエル・プイグ 野谷文昭訳 集英社
映画のストーリーを語るモリーナと、それを聞くバレンティン。まるで境遇の異なる二人を結びつけたのは、そうやって語られる物語と、ふたりの置かれた特殊な状況だった。この小説はほぼこの二人の会話で成っている。このふたりがなぜ、どこにいるかが明らかになっていくに従って、恐らくは二人ともが思っていたように、モリーナの語りがいつまでも終わりませんようにと、読者も願うことになるだろう。哀切で美しく、後に残る一冊で、ぜひ多くの人に読んでほしい。マヌエル・プイグも翻訳が比較的多い作家ではあるが、現在品切れになっていないのは本書と『天使の恥部』(安藤哲行訳、白水社)のみらしいと、これを書いている最中に気づいて泣いている。『天使の恥部』もまた哀切な幕切れが印象的な一冊でおすすめです。
3.『口のなかの小鳥たち』サマンタ・シュウェブリン 松本健二訳 東宣出版
現在活躍するラテンアメリカの作家の中で、注目度が高いうちの一人がサマンタ・シュウェブリンである。二〇〇二年に最初の短編集を発表して以来、著作は短編集三冊、中編一冊、長編一冊と決して多くはないものの、その作品の多くが英訳され、全米図書賞やシャーリー・ジャクソン賞を受賞したり、国際ブッカー賞の候補になったりと高い評価を受けている。現在本書と『七つのからっぽな家』という短編集二冊が日本語で読める状態だが、ぜひ他の作品も翻訳されてほしい。
日本に最初に紹介されたシュウェブリンの本である本書に収められた短編は、いずれもきれいに解かれることのない謎をはらんでいる。表題作で、少女はなぜ生きた小鳥を食べ始めたのか。「保存期間」で、主人公のお腹にいる子に何が起こったのか。「この話は、いったい何を描いているんだ?」という問いが、読後、読者を襲うだろう。読者の解釈に向かって開かれた物語が好きな人にはたまらない一冊となるはずだ。
シュウェブリンの未邦訳作品については、こちらで記事にしている。