夜になるまえに

本の話をするところ。

『百年の孤独』の次に読んでほしいラテンアメリカ文学

 

百年の孤独』、注目される


百年の孤独』が話題である。
文庫化されれば世界が滅びるとまで言われ、長らく単行本のまま版を重ね続けていたガブリエル・ガルシア=マルケスの代表作が、ついに文庫になる。昨年その知らせが文学ファンの間を駆け巡った。実際に本が並びだしてからまだ数日だが、TwitterInstagramには「購入しました」という報告が次々と写真付きで流れ、海外文学の話題としては稀な盛り上がりを見せている。

 その様子を眺めていて、長らくラテンアメリカ文学を愛好してきた私は思った。

 こ、これはチャンスではないか…!
 そうやって人々の注目が『百年の孤独』に向けられている今、『百年の孤独』以外のラテンアメリカ文学にも、その注目が向けられてほしい。ラテンアメリカ文学とは、それだけの注目に値する、豊かで大きな山脈なのだ。
 というわけで、この機に乗じて、『百年の孤独』の次に読んでほしいラテンアメリカ文学を紹介したいと思う。

 

1.『夜明け前のセレスティーノ』レイナルド・アレナス 安藤哲行訳 国書刊行会

 「ぼくの頭はふたつに割れ、片方は駆けだした。もう片方はぼくのかあちゃんの前にいる。踊ってる。踊ってる。踊ってる」(pp.10-11)

 

 「ぼくはかあちゃんを井戸からひっぱりだそうとした。でも出たがらなかった。そしてたっぷり顔をぬらして(涙か水かは分からないけど)、「あっちへ行って、ここはとってもくつろげるから」と言った。(p.123)

 これがどんな小説なのか、文章を一つ二つ引用したところで、あなたには決してわからないだろう。下手をしたら、この本を読み終わった後になってもわからないだろう。読んでいる間にしか思い出すことのできない小説、というものがこの世にはある。起承転結がはっきりとしていて、読んだ後であらすじを人に話してきかせることができ、それだけで面白さが伝わるたぐいの小説とは、あまりにもちがうそれ。『夜明け前のセレスティーノ』はまさにそれだ。この本には強烈な文章がある。あるいは、強烈な文章しかない。衝撃的な読書体験をしたい人におすすめする。

 

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2.『悪魔の涎/追い求める男: 他八篇』コルタサル 木村榮一訳 岩波書店

 

 フリオ・コルタサルは沼である。一度はまれば抜け出しにくい沼である。その作品に短編が多いことも一因だろう。読んだらすぐもっと欲しくなるのだ。もっとこういうのが読みたい。「こういうの」というのは、たとえば「続いている公園」であり、「山椒魚」であり、「夜、あおむけにされて」のような作品群だ。私は今ここに、よく知っている世界にいる――私たちがあたりまえに受け入れているそのことを、コルタサルは作中で疑ってみせる。私は私でありながら一匹の山椒魚であるかもしれないし、今は今であるだけでなく同時に別の時代であるかもしれないし、ここはここでありながらまったく別の場所であるかもしれない。そんな疑いが彼の多くの作品の核にあり、彼の作品の独自の色となっている。
 『悪魔の涎/追い求める男: 他八篇』は、そんなコルタサルの個性を存分に味わえる、ベスト盤ともいうべき一冊だ。アントニオーニやゴダール皆川博子に影響を与えた作家とぜひ出会ってほしい。

※「山椒魚」「夜、あおむけにされて」は『遊戯の終わり』所収。
※アントニオーニ「欲望」は「悪魔の涎」、ゴダール「ウイークエンド」は「南部高速道路」にインスパイアされている。皆川博子「バック・ミラー」に寄せられた作者の言葉にはコルタサルの名がある。

 

3.『花びらとその他の不穏な物語』グアダルーペ・ネッテル 宇野和美訳 現代書館
 

 今活躍中の作家として要注目のひとりがメキシコのグアダルーペ・ネッテルだ。「すべての人間はモンスターであり、人間を美しくしているのは、私たちのモンスター性、他人の目から隠そうとしている部分なのです」というネッテルの言葉が帯にあるが、本書はまさに人のモンスター性、自身が他人の目から隠そうとするだけでなく、他人も直視するに堪えず目をそらしてしまうような部分を描いた短編集だといえるかもしれない。書名にもなっている「花びら」という短編の語り手の行為などはっきりと異様なのだが、ネッテルはけしてそれを異様なものとしては描いていない。この語り手は、そして私たちはみんな、帯の言葉で彼女が語っている通り、モンスターなのだが、彼女はモンスターをモンスターとして描いてはいない。だからこの本に収められている物語は不穏なのである。どうか読んで、心をざわつかせてほしい。

 

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ネッテルのもう一冊の短編集「赤い魚の夫婦」についての過去記事はこちら↓

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おすすめしたいラテンアメリカ文学はまだまだあるので、近いうちに第二弾を書きたいと思っている。

 

ラテンアメリカ文学要素が多めのコピー本はこちらから↓

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