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※ネタバレがあります。
マーガレット・ミラーは恐ろしく素晴らしい作家だ。「狙った獣」。まずはいつもながらタイトルが素晴らしい。導入部もそう。知らない女が電話をかけてきて意味不明のことを言ってくるという恐怖から幕を開け、タイトルどおりに狙うもの狙われるものの姿がサスペンスフルに描かれ、衝撃の結末まですいすいと読んでいける。発表当時なら目新しかったであろう結末の驚きは今や全然驚きではないし、ミステリーを読み慣れていれば恐らく見当がついてしまうであろうものだが、この小説を素晴らしいものにしているのはその「驚き部分」ではない。すべては人物造形にあると言っていい。弟ばかり可愛がる母親とも、自然に明るく振る舞うことのできない自分に愛想を尽かした父親とも心のつながりを持つことのできなかったヘレン、姉と違って母親に溺愛されながら、親しい人たちにさえ(あるいは親しい人たちだからこそ)言えない秘密を抱えたダグラス、常に礼儀正しいが時に慇懃無礼で、どうにかヘレンを救おうとするポール、ヘレンとダグラス姉弟の母親で、ダグラスを溺愛しながら、彼の中に自分には見えない影の部分を感じているヴァーナ……どの登場人物もそれぞれにリアルで、決して多くないページ数の中でそれぞれに生きている。自分は尾行されているという妄想にとりつかれ、少しでも気に入らない人間がいたら狂ったように中傷電話をかけるエヴリンの描写に常軌を逸した人間の恐ろしさをまとわせ、孤独で人好きのしないヘレンがなぜそうなってしまったのか、説得力のある過去のエピソードで語るミラーは、一読忘れがたい最後の一文までとにかく神がかっている。
この物語の根底には普遍的なテーマがある。それは拒絶だ。それも子どもにとっては神である親による拒絶である。ダグラスもヘレンも形は違えどつまりは自分の子どものありのままを愛することのできない親に拒絶された犠牲者だった。ダグラスは母親に溺愛されながらも自分の真の姿をさらけ出すことができず、いざ秘密がさらされるや案の定酷い拒絶を受けることになる。ヘレンは周囲にうまく馴染むことができず、両親どちらにも愛されず、明るく社交的な親友と比べられて追い詰められていく。ここに異なる時代ゆえの変化を見ることはできない。人間は何も進歩していない。ずっと昔から同じことをくり返している。そしてミラーのような作家は、それを本能的に知っていて、素晴らしく緻密な絵に写し取り、時に私たちのような数十年後、数百年後の読者たちにも突きつけるのだ……ほら、私たちは同じでしょ、と。
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