ここに子どもがいる。母親の体に宿った、まだこの世界に生まれ出ていない子どもが。
そして少女がいる。母親と父親の関係がぎくしゃくしていること、そこに自分以外の子どもが絡んでいることに苛立つ少女、ローズが。
ホラー映画を借りに通う店の店員ダンクに淡い関心を抱くローズは、彼の恋人ジェニーが妊娠したらしいと聞くと、彼女に敵意を抱くようになる。ふたりの関係に嫉妬して。そしてそれよりも、彼女が宿した子どもに、両親が欲しがった自分以外の子どもを重ねるように。
ホラー映画の中で、女性たちが殺されるのは悲鳴を上げるだけで何もできないくせに暗いところに出かけていくからだ。女性が妊娠してしまい、どうしようもない状況に陥るのも自業自得だ。そんな乱暴なロジックをローズが唱えるさまは痛々しい。彼女はたぶん、こう信じたい。間違った選択をしなければ悪いことは起こらないのだと。まだ母親のおなかの中にいる子ども――ジェニーの子ども、ローズの母が欲しがった子ども――は、母親がよせばいいのに間違った選択をした結果できた(できる)子どもだ。まだ生まれぬその子は望まぬ子どもを宿してしまった若いジェニーを悩ませ、ローズの両親の不和のもととなる。みんな母親が間違った選択をしたせいだ。
しかし人は、たとえ大人であっても、正しい選択ばかりできるわけではない。ローズには間違っているように思える選択が、必ずしも本当に間違っているわけではない。妊娠は女性側のみが責任を負うべきことではないし、ホラー映画で悪いのは殺されに行く女性たちではなく、彼女たちを殺す側だ。当然わかりそうなそれらのことが、ローズにはわからない。この本が描くひと夏の出来事を経験するまでは。
ローズは大人の世界を覗き見て、少しだけ理解する。それらのことを、また、まだ生まれぬ子どもを抱えた母親の悲しみを。それはジェニーの悲しみであり、ローズの母の悲しみである。子どもはいつだって、大人も悲しみを抱えているということを知らない。そして、それを知ることで、大人になっていく。これは少女がそうやって大人になっていくさまをくっきりととらえた、稀有な一冊である。
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