夜になるまえに

本の話をするところ。

床に転がるほどの愛「裸一貫! つづ井さん」

突然だが、あなたは成人してから床に転がって暴れ回ったことがあるだろうか。私はない。記憶に残らないくらい幼い時分は知らないが、記憶にあるかぎりは子どもの時にだってない。実際に成人が床に転がって同じ言葉をくり返しながら暴れる場面を目にしたら、呆気にとられるだろうと思う。そう、「裸一貫!つづ井さん」4巻のつづ井さんのように。
つづ井さんは仕事を辞め、都会を離れ、実家で暮らすことを決め、それを友人たちに伝えていく。それぞれ寂しがりながらも冷静に受け止める友人たちだが、ただ一人、Mちゃんだけはちがう。彼女は「いやじゃ‼‼‼」と叫ぶ(感嘆符は六つである。念のため)。その後も「いやじゃいやじゃいやじゃいやじゃ」と言い続ける(数えたら六十八回くり返していた)。そしてつづ井さんをビクッとさせながら床に転がって暴れるのだ。それを見てつづ井さんは思う。

大人ってこんなことしてえんやって素直にびっくりしてしまった(P.17)
でも…いつも人を気遣うMちゃんがあんなにまっすぐ引き止めてくれるの ちょっと嬉しいとか思っちゃった(P.18)

そう、とにかくつづ井さんと友人たちは仲が良い。ステイホームになればビデオ通話でパーティを開くし、誰かの誕生日があれば凝りに凝ったプレゼントを持ち寄って祝う(そして「お互いの顔のグッズ」が増えていく)。つづ井さんが推しの俳優とイベントで握手できるかもとなればみんな推しのふりをして予行演習をさせてくれる。とにかく一緒にいて楽しそうだ。
だからこそMちゃんはつづ井さんと離れるのが嫌すぎて床に転がって「いやじゃ」と六十八回も叫びながら暴れまわる。それは凶暴で正直な愛の発露だ、と冗談でなく思う。「成人は普通こんなことしない」「成人なのだから寂しくても我慢しなければ」という常識を超え、こんな行動に出るほどの「別れたくなさ」を与えてくれる友人がいる人は幸せだし、それほどまでの「別れたくなさ」を与える側も幸せだろう。
つづ井さんと友人たちの幸せな物語が末永く続いていきますように。