夜になるまえに

本の話をするところ。

神は人間になりたい「美しい彼」

 高校のピラミッドの底辺に位置する平良は、自分とは真逆に頂点に立つ美しい同級生の清居に恋をする――というあらすじを聞いて想像したのとまったく違う話じゃん、というのが最初の正直な感想である。美しく、わがままで、気まぐれな相手に恋をしてしまったがゆえにごく普通の地味な男子が振り回される話、なのかと思っていたのだ。だが、実は振り回されているのは「美しい彼」清居の方ではないか。
 一見、ふたりの力関係ははっきりと定まっている。平良は清居の頼みなら何でも叶えてくれるし、いつでも百パーセント清居の味方でいてくれるし、清居のすることなすこと褒めたたえてくれる。その様は完璧な恋人――のようでいて、じつはそうではない。平良が清居に向けるもの、それは恋愛感情というよりは、信者が神に向ける崇拝なのだ。であるからこそ、清居はそれに振り回されることになる。
 幼い頃両親が離婚し、その後親に十分構ってもらえない不遇な子ども時代を過ごした清居は、アイドルがファンたちの視線を一身に浴びている姿をテレビで見て、自分もこんな風に見つめられたいと思い、俳優を志す。そんな清居にとって、自分だけを暑苦しいほどに見つめてくれる平良を求めるようになるのは必然だったと言える。しかし、晴れて平良と恋人同士になった後、清居と平良の間にはズレが生じる――あるいは、元々あったズレが、清居の目に見えるようになる。そもそも清居が「見つめられたい」という欲求を覚えるようになったのは、親が十分に自分を見てくれなかったからだ。だから清居は親からの視線、つまりは愛情の代替として、「見られる」「愛される」立場になろうとして俳優になったのである。彼の存在は、時にファンにとっては神にも等しい。しかし、恋人になったからには、平良の前では、清居は神でいたくない。彼にとって神として多数に愛されることは、人間としてひとりに愛されることの代替行為なのだから。だが皮肉なことに、平良は他の誰よりも清居を神と崇めているのだ。数多のファンとは違って、清居が平良に求めるのは、何よりもまず恋人としての愛情だというのに。
 シリーズが巻を重ねるごとに、このズレはふたりの関係に波を立て、少しずつ前に進めてゆく。「悩ましい彼」の時点ではまだまだ人間として扱ってもらえていない感のある清居を不憫に思い応援しながら、行く末を見守りたくなるふたりである。

 

 

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