ポール・アルテに夢中なのである。
私が、ではない。殊能将之が。
『殊能将之 読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow』(以下『殊能将之 読書日記』)『を今少しずつ読んでいるのだが、その中で殊能将之がポール・アルテを読んでいる。それもフランス語で。よほど気に入ったのだろう、デビュー作『赤髯王の呪い』を皮切りに、『第四の扉』『死が招く』と次々読破している。それも『赤髯王の呪い』を読んだとあるのが2001年9月16日、『第四の扉』を読んだとあるのが同年9月24日、更に『死が招く』が同年10月1日なので、一週間程度で一冊読んでいることになり、フランス語の専門家ではないらしい人にしてはなかなかのハイペースではないか。
『第四の扉』は昔に読んだ記憶があるものの、それ以降に訳されたツイスト博士ものは追いかけていなかったので、さっそく『赤髯王の呪い』を手に取ってみる。殊能氏いわく、
「おれは大好きなディクスン・カーみたいな小説を書いて、読者をわくわくどきどきさせたいんだ! 文句あるかっ!」という、すさまじいまでの気迫が行間から伝わってくる
らしい一冊だ。
舞台は1948年、ロンドンに住むフランス人エチエンヌは、しばらく会っていない兄ジャンから手紙を受け取る。奇妙な女が父に襲いかかっているのを見た、というのだ。しかもその女は、かつて謎の死を遂げた少女、エヴァ・ミュラーにそっくりだった、と。
そうやって物語は始まる。殊能氏の日記を読まずとも伝わる、作者のディクスン・カーへの愛。そうそう、これがアルテだよ、とうなずきながら読み進めると、ちょっとびっくりするくらいエレガントな謎解きが待っている。この謎解き、ミステリーあるあるの「謎解き部分を読んだらもう一度問題の箇所を読み返したくなる」類のものなのだが、読み返して、その書き方のフェアさ、巧みさに唸らされた。そう、本格ミステリーファンが読みたいのはこれだよこれ。そして物語としての締めくくり方もまた、これしかない、絶妙な終わり方でいいのである。
次は、殊能氏いわく「いっさい勘違いしていない完璧な謎解きと勘違いしきった奇天烈な謎解きが両方あるという空前絶後の大傑作である」(『殊能将之 読書日記』EPUB版より引用p.481)『狂人の部屋』にしようか、どうも犯人の動機がヘンらしい『カーテンの陰の死』にしようか迷うところである。
ポール・アルテに夢中なのである。
殊能将之が。それに引きずられて、たぶんもう少しで、私も。