夜になるまえに

本の話をするところ。

正しい生き方を求める「ともぐい」

 ある日、山中に住む熊爪という男が、熊に襲われ傷を負った男を見つける。
 たとえばそんなふうに、この本のあらすじを書き始めることはできるだろう。しかし、あなたはこの始まりから、どのような物語を想像するだろうか。たとえば熊爪が傷を負った男と友情を育む物語。あるいは、男に傷を負わせた熊を必ず討つと心に決めた熊爪と恐るべき熊との熱い戦いの物語。
 本書は、どちらでもない。どちらとも、似ても似つかない。そこにこの小説の面白さがある。
 熊爪は、まるで人間でありたくないかのように生きている。人里離れた山中に一人、獣を撃ち、野に成るものを採りながら、極力人と交わらずに暮らしている。飼っている犬にも余計な情を抱かず、友を求める心もない。熊爪を動かすのはただ一つ、自分という生きものにとって正しい生き方に従って生き、そして死にたいという願いだ。だが、では正しい生き方とは何なのか。それがはっきりとした像を結んでいるわけではない。だから熊爪はどうにかしてそれをはっきりさせようとあがく。時に揺れ時に迷いながら、それを探す。熊爪がそうやって自分の生のかたちを見つけようとすることそれ自体に、心を動かされるような誠実さは宿っている。
 しかし、作者はそんな熊爪の物語を、自然の凶暴さや、人の持つ底知れない昏さで彩っている。その筆は淡々として容赦がなく、だからこそ凄みがある。これは心優しい人間の自分探しの話、などでは間違ってもない。獣のような一人の男の荒々しい生の活写だ。甘ったるい物語を求める者に牙をむくような、こういう小説が書かれていること、こういう小説を読めたことに感謝したい。

 

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