「物語が終わる時」は、その物語に登場した人の人生が終わる時である、とはかぎらない。もちろん物語の結末で死んでしまう人物はいくらでもいるけれども、物語を生き残った人の人生は、その先も続いていく。ごくごくあたりまえのことだ。しかし、その「物語」が、たとえば「汝、星のごとく」のような、まちがいなく一生に一度の愛を描いたものだったとしたら、どうだろう。一生に一度の愛の物語を終えた後、人はどう生きるのか。はたしてそれは、魅力的な物語になれるだろうか。
「星を編む」は、前作「汝、星のごとく」が設定したただでさえ高いハードルを飛び越えた。どころか、ハードルの遥か上を飛んでいった。前作の主人公の一人である暁海と一風変わった結婚生活を送る北原先生がいかに島の生活に至ったかの過去を描く「春に翔ぶ」に始まり、前作の登場人物による本の出版に携わる編集者たちの奮闘を描く表題作を経て、前作の出来事を抱えながら生きる暁海と北原先生のその後を描く「波を渡る」へ。特にこの「波を渡る」は「春に翔ぶ」で描かれた北原先生の過去を踏まえたうえで、共犯者めいた関係を結び、「普通」とはちがう夫婦として暮らすふたりの関係がゆっくりと変わっていくさまを描き、秀逸である。一生に一度の愛が、一生にただ一つの愛であるとはかぎらないし、ただ一つの愛の在り方であるとはかぎらない。人は、どうしてもこの人と一緒にいたいと思いつめていたのとはちがう人と幸せになることだってありえるのだし、それは一生に一度の相手への裏切りなどでは決して、ない。生きていて、生き続けなければならない、というだけだ。
一つの物語を生きのびた人のその後を描く物語として、この本は、その人がその後も確かに生きのびていく姿という、素敵なものを見せてくれるのである。
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