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ドラマ「作りたい女と食べたい女」シーズン2感想 原作からの変更の意味について

※ドラマ「作りたい女と食べたい女」シーズン2および漫画「作りたい女と食べたい女」の内容に触れています。

 

 

はじめに

「作りたい女と食べたい女」が好きだ。
漫画がまず好きだった。映像化されると知っておっかなびっくり見たドラマ版も、原作の漫画を大事にして作られた、これ以上は望めない作品だった。
 だから私が「『作りたい女と食べたい女』が好きだ」と言う時、それは漫画が好きだ、という意味でもあるし、ドラマが好きだ、という意味でもある。
好評を収めたドラマ版はめでたく続編製作が決定し、2024年1月よりシーズン2の放送が開始された。これがまた、よかった。前作のよかった部分はそのままに、新たに登場する人物も非常に納得のいく描かれ方だった。
 ここで指摘したいのは、実はシーズン2には、ドラマ版オリジナルの要素や、原作からの改変点があるということだ。それも、いたずらにオリジナル要素を入れ込んだり、ちょっと原作をいじってみました、というものではない。むしろ物語を語るために必要な変更だったといえるだろう。
 この記事ではその違いについて語りたいと思う。

 

四つのエピソード

まずは原作の四つのエピソードに注目したい。

 

その一「カレーパーティ」(二十七話:三巻収録)。
野本さんはSNSを通じて矢子さんと知り合い友だちになる。レズビアン(かつアセクシュアル)である矢子さんに春日さんとのことを相談しているうち、野本さんは矢子さんに春日さんを紹介したいと思うようになる。野本さんと春日さんのマンションの隣人で最近親しくなった南雲さんを交えた四人は、矢子さんのマンションに集い、カレーパーティーを開くのだった。

 

その二「バレンタイン前」(三十話:四巻収録)
バレンタインに向けて野本さんの相談に乗る矢子さん。彼女はかつて経験した恋人との苦い別れを思い出しながらも、野本さんと春日さんの明るい未来を願う。

 

その三「バレンタイン2」(三十二話:四巻収録)
バレンタインだからとチョコレートを一緒に食べる野本さんと春日さん。その席で春日さんが、祖母の介護をするよう迫る父親から逃れるために引っ越そうと思っていると野本さんに告げる。春日さんと離れるのがいやで泣き出してしまった野本さんは春日さんのことが好きだと告白する。春日さんも、引っ越しの話をしたのは一緒に住めないか訊きたかったのだと語る。「好きなひとと一緒に暮らせたら」と。

 

その四「タコパ」(三十七話:四巻収録)
いつもの四人がたこ焼きパーティを開く。パーティの後、野本さんと春日さんは矢子さんと南雲さんにそれぞれ自分たちがつきあいはじめたことを告げる。

 

 ドラマ版ではどのエピソードもおおむね忠実に映像化されているが、決定的に違う部分がある。エピソードの順番だ。
 ドラマ版では矢子さんが過去を思い出すのが十九話、野本さんと春日さんが告白しあうのが二十二話、カレーパーティが二十三話である。カレーパーティは原作では明らかにお互いのことが好きなのに恋人同士にはまだなれていない野本さんと春日さんを、南雲さんと矢子さんが見守るというエピソードだった。だが、ドラマ版ではパーティの時にはもう二人はつきあいはじめていて、南雲さんと矢子さんもそのことを知っている。更に、ふたりがつきあいはじめたことを南雲さんと矢子さんに打ち明けるのは、実は原作では三十七話のタコ焼きパーティーの後である。つまりドラマ版では、野本さんと春日さんがつきあいはじめるのも、矢子さんと南雲さんがそのことを知るのも、原作よりだいぶ早いタイミングなのだ。

 

変更の結果は?


 ドラマ版でそのような改変がなされた結果、何が起こったか。ドラマオリジナルのエピソードである二十五話・二十六話に注目しよう。この二話で、野本さんと春日さんはすれ違う。春日さんは優しさゆえに自分の希望を口にせず、野本さんの希望を優先してしまい、それに気づいた野本さんは自分の要望ばかりを春日さんに押し付けているのではと悩む。このエピソードはたこ焼きパーティ(ドラマ版では二十九話)前だが、ふたりが付き合い始めたことの報告が前倒しされているため、南雲さんと矢子さんは既にふたりが恋人同士であることを知っており、恋人同士としてのふたりにそれぞれアドバイスをすることができる。そのおかげもあって、野本さんと春日さんはゆっくり話をする機会を持ち、ふたりの関係を一歩前に進めることになる。
 ふたりの会話の中で、春日さんが「家では自分の要望を押し殺してきたために自分の望みを伝えるのが苦手だ」という台詞を口にするところが素晴らしい。これは原作にはない台詞だ。だが、原作にたとえあったとしても違和感なく読むことができるだろう台詞だ。原作を読み込み、リスペクトをもって扱い、登場人物をよくよく理解した上で書かれた「春日さんの」言葉だったと思う。野本さんとごはんを一緒に食べ、「でももう少しいっしょにいたい」時に「このあとフルーツサンド作りませんか」と言う春日さんがきっとそういう人なのだということは、直接的な台詞こそなかったが、物語を通じて描かれてきたではないか。そして野本さんと春日さんが一緒に暮らすという決断を下した後にこのエピソードが入ることで、ふたりが、ふたりでやっていくために相手のことをよりよく理解する努力をしているところを、私たちは目にすることができる。それは原作の野本さんと春日さんも、見えないところできっとやっていることだ。これから漫画の中でもきっと描かれていくだろうことだ。野本さんと春日さんは相手を思いやって言葉を重ねる人たちであり、「作りたい女と食べたい女」は、そうやって相手を思いやることを大事に描いてきた漫画なのだから。
 このように、エピソードの順番を変えることでふたりの関係が深まっていく様子をじっくりと描いたドラマ「作りたい女と食べたい女」は、原作に描かれていないことまでも「あってもおかしくない」と納得させてしまうような、物語への深い理解に基づいた作品である。大好きな物語がこんな形で映像化されたことを、心から喜びたい。

 

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