夜になるまえに

本の話をするところ。

ヒーローがここにいる「アリアドネの声」

※あからさまなネタバレではありませんが、読後感など、結末に軽く触れています。 

エンターテインメント、とは何だろう。
 その言葉を聞いてまず思い浮かぶのは、子どもの時にテレビで見たハリウッド映画だ。「スピード」や「ダイ・ハード3」(なぜか1でも2でもなく3)のような、「ハリウッド映画」という言葉の持つイメージど真ん中、これぞエンタメ、という映画ばかりをよく見たものである。
 そういう映画には、今思えば、決まりごとがあった。ヒーローがいる。ヒーローは自分より弱い者を助ける。一難去ってまた一難、様々な困難に見舞われながらも、ヒーローはどうにかそれを退ける。最後にはヒーローの戦いは報われて、観ているこちらは満ち足りた気持ちでテレビを消すことができる。
 「アリアドネの声」を読んで思った。これはエンターテインメントだ。それも、とても優れたエンターテインメントだ。
 子ども時代に兄を亡くしたことからどうしようもない後悔を抱えて生きてきた青年ハルオが、地震により地下に取り残されてしまった女性をシェルターまで誘導することになる。「見えない、聞こえない、話せない」という障がいを抱えた彼女を、はたしてハルオは救うことができるのか。
 状況に鑑みれば意外なほど余裕のあった当初の計画は、何度もアクシデントに見舞われ、そのたびに軌道修正を余儀なくされる。時間もリソースも限られている中で、ハルオは必死で策をひねりだす。
 その過程が面白いのは間違いない。しかしなんといっても、本書の肝は物語がその全貌を明らかにする最後の数ページだ。ここまで読んではじめて、読者はこれがどういう物語だったかを知ることができる。そう、これはまぎれもなく、困難に見舞われながら戦ったヒーローの物語なのだ。ヒーローの戦いを称えながら、あなたは満ち足りた気持ちで本を閉じることができるだろう。そう保証できる、これは優れたエンターテインメントなのである。

 

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