※本書の結末に触れている部分があります。
我が道を行く、という言葉がある。
成瀬のことである。
成瀬とは、本書に登場する成瀬あかりのことだ。同じマンションに生まれた親友の島崎みゆきいわく、「いつだって成瀬は変だ」。幼いころから走るのも歌うのも字を書くのも何でもできた成瀬は、周囲から何となく孤立していて、けれど特に寂しそうでもなく、あくまでも自分のペースで、己が興味を抱いたことに邁進する。成瀬が興味を抱くのは、巨大シャボン玉作りからかるたや漫才に至るまで、多種多様--てんでばらばらーーである。まもなく閉店を迎える百貨店のテレビ中継に毎回映ることを目標として通い詰める成瀬、島崎を巻き込んで突如M-1に出場しようとする成瀬、ある実験のため高校デビューを衝撃の姿で迎える成瀬、成瀬の変人っぷり、つまりは成瀬っぷりに、まず私たちは目を奪われる。本書は成瀬の中学時代から高校時代までを、成瀬に目を奪われた人たちの視点から追っていく(「階段は走らない」のみは少し他とは趣向が異なる)。そして最終話「ときめき江州音頭」に至る。
本書で唯一成瀬本人の視点から語られるこの話の中で、成瀬は驚く。成瀬は不調をきたす。成瀬は悩む。マイペースで、断固として我が道を行き、超然とした変なやつだった成瀬は、他人の目を通して見ればあんなにも完璧で、つまずくところなんて、立ち止まることなんて、決してなさそうだった。しかし成瀬本人の目から見た時の成瀬は、あたりまえに悩み、どうしていいかわからずに、他人にアドバイスを求める、ごく普通の人間である。かつてなく最高な主人公は、自分がかつてなく最高であることを知らない。ただ自分の思うままに生きているだけで、そのさまが他人を魅了していることを知らない。我が道を行っているように見えても、その道にだって実はでこぼこや障害物があることを、はたから見ている人々は知らない。それは本人だけが知っていることだ。そのことを、この最終話ははっきりと描いている。
最後にちょっぴり情けない成瀬を見て、その幸せを願いながら読者は本を置くだろう。物語を締めくくる方法として、この最終話はこのうえなく正しい。