夜になるまえに

本の話をするところ。

2023-01-01から1年間の記事一覧

気になる未邦訳作品第十一回”The Woman in the Library”(著者:Sulari Gentill, 出版社: Sourcebooks)

押してくださるとうれしいです↓ ランキング参加中読書 誰の話にも、隠すべきことはある… 静けさは女性の恐怖の叫びで破られた。警備員がすぐさま指揮をとり、危険の正体が突き止められ、食い止められるまでじっとしているよう、中にいるすべての人に指示した…

笑えない現実を笑わなければ「すこし痛みますよ ジュニアドクターの赤裸々すぎる日記 」

私は笑う。先輩医師が赤ちゃんの母親にかけたほめ言葉を自分が言われたのだと勘違いするくだりで。 私は笑う。食事を共にした祖母に顔を拭われた時、それが患者の血だと気づきながら黙っておくことにするところで。 私は笑う。なくなったガーゼをみんなで血…

気になる未邦訳作品第十回"ALONE IN SPACE: A COLLECTION BY TILLIE WALDEN"(著:TILLIE WALDEN、出版社:Avery Hill Pub)

「are you listening? アー・ユー・リスニング」の日本語版が刊行されたばかりのティリー・ウォルデンは、他にも「ウォーキング・デッド」のユニバースを舞台にした”Clementine”などなど日本への紹介が進んでほしいものが多い。ここではそのうちの一冊を紹介…

気になる未邦訳作品第九回"Husband Material"(著: Alexis Hall、出版社:Sourcebooks Casablanca)

「ボーイフレンド演じます」でルークとオリヴァーは出逢い、恋に落ちたふりをし、本当に恋に落ち、傷ついた心と失望と家族の友人たちに向き合い…そしてどうにかうまくやっていく道を見つけた。今や周りの誰もが結婚しているようで、ルークはプロポーズしなけ…

気になる未邦訳作品第八回”The Skin and Its Girl”(著:Sarah Cypher、出版社:Ballantine Books)

パレスチナにあるRummani家の故郷から遠く離れたパシフィック・ノースウェストの病院で、死産だった赤ん坊の心臓が動き出し、その肌は鮮やかなコバルトブルーに染まった。同じ日、ナブルスに何百年も前からあるRummani家の石鹸工場が空爆で破壊される。一族…

言葉を知ることとは「おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った」

言語を知ることは、歴史を知ることだ。あなたがその言語に誠実であろうとするならば。 その昔、日本では――恐らくは、世界でも――解する人が極めて少ないであろう言語を学んだ人の話を聞いたことがある。少数民族の人々の間で話されてきたその言語を習い覚える…

気になる未邦訳作品第七回” The First to Die at the End”(著:Adam Silvera、出版社:Quill Tree Books)

真夜中過ぎに電話でその日死ぬ人間に死を予告するサービス〈デス=キャスト〉。そのサービス開始前夜、誰もが抱える疑問があった。実際に〈デス=キャスト〉は死を予知しているのか、それとも壮大なヤラセなのか? 深刻な心臓の疾患を抱え、何年も自分の死を告…

誰かに救われるのではなく”If I Was Your Girl”

Amanda Hardyは地元を離れ、新しい町で新しい学校に通い始める。友人を作り、Grantという好きな男の子もできた。彼女には誰にも打ち明けられない秘密がある。その秘密をGrantに話してしまいたいと彼女は思う。かつては違う名前で呼ばれ、自分とは違う人間で…

next best thing「税金で買った本」

next best thing、という言葉が英語にある。「税金で買った本」の六巻を読んで思い出したのはその言葉だった。 「税金で買った本」は、好奇心旺盛で「気になるから」といろいろなことを知りたがる石平少年が、アルバイト先の図書館で出くわすいろいろな出来…

気になる未邦訳作品 第六回"Senza sangue" (著:Alessandro Baricco、出版社:Rizzoli)

Manuel Rocaの敵たちは彼を追い詰めて殺したが、一番下の娘Ninaが農場の床下に隠れているのに気づかなかった。殺人者のひとり、Titoは、殺人の後でNinaが隠れている場所の上げ戸に気づく。Ninaの非の打ち所がない無垢さに心を打たれた彼は口をつぐんだ。成長…

それはまるで音楽のような「絹」

国の名前を聞くと、思い出す作家がいる。 たとえば、オランダなら「ウールフ、黒い湖」のハーセだ。スペインならフリオ・リャマサーレス、ポーランドならヴィトルド・ゴンブローヴィッチ。翻訳されている作品の少ない国ほど、一人の作家のイメージと結びつい…

気になる未邦訳作品 第五回 ” Kentukis”(著:Samanta Schweblin、出版社:Penguin Random House)

Kentukis、彼らはマスコットではない。幽霊でも、ロボットでもない。実在する人々だ――しかし問題は、ベルリンに住む誰かがシドニーにある他人のリビングを悠々歩けるということ、バンコクに住む誰かがブエノスアイレスにいるあなたの子どもたちと一緒に朝食…

君は何も悪くない”A Monster Calls”(「怪物はささやく」)

頑張れば夢は叶う。努力は必ず報われる。悪人にはきっと罰が当たる。善人は幸運に見舞われる。 ……と説くような物語が嫌いだ。頑張っても夢が叶わず、どんなに努力しても報われず、悪人が大した罰も受けずにのほほんと生きのび、善人が不運に見舞われて貧する…

気になる未邦訳作品 第四回”The Drowning”(著: T.J.Newman、出版社: Blackstone Publishing)

押していただけたらうれしいです!↓ ランキング参加中読書 離陸した6分後、1421便は海に墜落する。生存者は自分たちを幸運だと思っていた。しかし彼らを内に閉じ込めたまま、機体は海底へと沈み始める…大規模な救出作戦が始まるが、時間はない。酸素も残り少…

静かに涙を流す人「あのころ、天皇は神だった」

いろいろな泣き方をする人がいる。ただはらはらと涙だけを流す人、悲しみを外に出してしまおうとするかのように声を上げる人、顔を赤くして、鼻水を流して、ひとりで、誰かに慰められながら、人は泣く。この小説を泣く人にたとえるとしたら、どのように泣く…

気になる未邦訳作品 第三回” The Swimmers” (著:Julie Otsuka 出版社:Anchor)

アリスは認知症が進み、ロッカーの番号やタオルの置き場所も覚えられない。けれど毎日の水泳こそが人生に意味を与えてくれるものだった。しかし通っていたプールが修繕のために閉鎖されてしまう。水泳の習慣から切り離されてしまったアリスは子ども時代と戦…

至高のラブストーリー 「あたしの一生」

ラブストーリーという言葉は、どうしてか、ほぼ「ラブ=恋愛」という文脈で使われているようだ。これは奇妙なことだと思う。だって「本が大好き」というのも「ラブ」だろうし、「おかあさんだいすき」というのも「ラブ」だろう。でもそういうことを書いた物…

気になる未邦訳作品 第二回” Mad Honey ”(著者:Jodi Picoult、Jennifer Finney Boylan、出版社:Ballantine Books)

オリヴィアは心臓外科医の夫、美しい息子アッシャーとボストンで完璧な生活を送っていた。しかし夫が秘密にしていた暗い部分を明らかにするとその生活はひっくりかえってしまう。オリヴィアはアッシャーを連れてニューハンプシャーの故郷の町に戻り、生まれ…

私たちを世界へ連れて行くもの「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」

告白しよう。著者をずいぶん前から知っていた。いや、実生活で会ったことがある、話したことがある、そういう意味ではない。あくまで一方的に知っていた。「Twitterで時折流れてくる、熱量のこもった未公開映画ツイートの主」として。ルーマニア語で小説を発…

気になる未邦訳作品 第一回 ” Las malas mujeres”

これから未邦訳の気になる作品を週一回語っていこうと思う。第一回は” Las malas mujeres” (作:Marilar Aleixandre、出版社:Xordica)。 1863年、スペインのコルーニャ。女子刑務所に収監されているのは、子どもたちに与えようとパンを盗んだ者、これ以上…

神は人間になりたい「美しい彼」

高校のピラミッドの底辺に位置する平良は、自分とは真逆に頂点に立つ美しい同級生の清居に恋をする――というあらすじを聞いて想像したのとまったく違う話じゃん、というのが最初の正直な感想である。美しく、わがままで、気まぐれな相手に恋をしてしまったが…

みんなひとりぼっち「赤い魚の夫婦」

ネッテルの文章は静かだ。出てくる人物たちも静かだ。声を荒げる、暴れる、そういうことを、彼らはしない。けれども彼らは、彼らが抱えている孤独は、たぶん地団駄を踏んで泣きわめく、といった、激しい動作で訴えても納得がいくくらいに、深い。孤独。ネッ…

ちいさな幸せを「まぬけなこよみ」

エッセイが好きだ。しかし、好きな小説よりも、好きなエッセイを見つける方が難しい、と思うくらいには、好みに偏りがある。文章はもちろん、時には小説よりもよほど強く感じとれる、書き手の価値観、のようなものが肝心なのだと思う。好きな感じのエッセイ…