夜になるまえに

本の話をするところ。

気になる未邦訳作品~国際ブッカー賞候補作編②~

先日発表された国際ブッカー賞候補作から一冊をご紹介します。 邦訳のある作家の作品ばかり三冊を紹介した第一弾はこちら。 saganbook.com もし双子の片割れがこれ以上生きることを望んでいなかったら?もしもう一人が、片割れなしで生きて行けなかったら? …

気になる未邦訳作品~国際ブッカー賞候補作編~

国際ブッカー賞2024候補作から三作品を紹介します。

エレンディラがあらかじめ奪われていたもの、フュリオサが私たちにくれたもの

ガブリエル・ガルシア=マルケスの言わずと知れた名高い短編「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」を読んだ時、私にはわからないことがあった。 エレンディラはどうして自分で祖母を殺さないのだろうか? 「無垢なエレンディラと無情な…

ドラマ「作りたい女と食べたい女」シーズン2感想 原作からの変更の意味について

※ドラマ「作りたい女と食べたい女」シーズン2および漫画「作りたい女と食べたい女」の内容に触れています。 はじめに 四つのエピソード 変更の結果は? こちらもどうぞ はじめに 「作りたい女と食べたい女」が好きだ。漫画がまず好きだった。映像化されると…

物語を生きのびた後に「星を編む」

「物語が終わる時」は、その物語に登場した人の人生が終わる時である、とはかぎらない。もちろん物語の結末で死んでしまう人物はいくらでもいるけれども、物語を生き残った人の人生は、その先も続いていく。ごくごくあたりまえのことだ。しかし、その「物語…

気になる未邦訳作品第三十五回は"OH, ¡FELIZ CULPA!"(著者:Iván León、出版社:Editorial Egales)

語られなければ、存在しない。 このように、沈黙のうちに、語られる機会を待っている無数の物語がある。LGBTQI+の人々に対するコンバージョンセラピーにまつわる物語のように。しかしそんなもの、私たちの国に存在するのだろうか? そしてなにより、それら…

我が道にだってでこぼこはある「成瀬は天下を取りにいく」

※本書の結末に触れている部分があります。 我が道を行く、という言葉がある。 成瀬のことである。 成瀬とは、本書に登場する成瀬あかりのことだ。同じマンションに生まれた親友の島崎みゆきいわく、「いつだって成瀬は変だ」。幼いころから走るのも歌うのも…

気になる未邦訳作品第三十四回は”We Are Okay”(著者: Nina LaCour、出版社:Dutton Books for Young Readers)

あなたは必要なものがたくさんあると思いながら人生を体験する…それも電話と、財布と、母親の写真だけを持って旅立つ時までだ。すべてを置き去りにした日からMarinは昔の人生に関係のある人とは誰とも口をきいていない。あの最後の数週間の真実を知る者はい…

寝る前に読みたい「ぱっちり、朝ごはん」

アンソロジーが好きだ。それも、一編が五ページから十ページくらいの、ちいさくまとまった文章がたくさん載っている文庫本なんかがいい。そういう本を寝る前にぱらりぱらりとめくり、いろいろな人のいろいろな声を聞きながら、いつのまにかうとうとしてしま…

気になる未邦訳作品第三十三回は”Somewhere Beyond the Sea”(著者: TJ Klune、出版社:Tor Books)

魔法の家。秘密の過去。何もかもを変えてしまいかねない召喚。 アーサー・パルナッサスが生きているよき人生は、酷い人生の灰の上に築かれたものだ。 彼は遠く離れた風変わりな島にある奇妙な孤児院の長であり、まもなく孤児院に暮らす六人の危険で魔法を持…

フィルポッツを再発見「孔雀屋敷」

あなたのイーデン・フィルポッツはどこから? と訊かれたら、「小学校の図書室から」と答える。子ども向けの探偵小説全集に「闇からの声」が入っていたのだ。たしか表紙には悲鳴を上げていると思しき子どもの顔が描かれていて、すごく怖い本のように見えた。…

気になる未邦訳作品第三十二回は”Ninth House” (著者:Leigh Bardugo、出版社:Gollancz)

Galaxy ‘Alex’ Sternはイェール大学新入生クラスのもっとも「らしくない」メンバーだ。学校は中退し、恐ろしい未解決事件の唯一の生き残りでもあるAlexは新たなスタートを切ることを望んでいた。しかし世界で最も権威ある大学の一つにただで入るからには、落…

私たちに通じることばで「マリはすてきじゃない魔女」

ことばの通じる人と話すのは、とても楽だ。その人たちと話す時には、何を説明することもない。あたりまえのように、私の使うことばをその人たちは知っている。ことばの通じない人と話す時、会話の大半は、ことばの意味を説明することに費やされてしまうのに…

気になる未邦訳作品第三十一回は”Martyr!”(著者:Kaveh Akbar、出版社:Knopf)

Cyrus Shamsは暴力と喪失の継承に取り組む若者だ。彼の母が乗った飛行機は馬鹿げた事故によりペルシャ湾上空で撃ち落とされた。アメリカにいる彼の父の生活は工場式畜産場で鶏を殺すという仕事に制限されている。Cyrusは酒飲みで、依存症で、詩人であり、殉…

よくしゃべるが語らない小説「アイスネルワイゼン」

主人公はピアノ教師である。三十代、経済的に豊かではなく、どうも恋人との間には問題があるようで、更には親との関係もよくないらしい。主人公は旧友に頼まれた歌手の伴奏の仕事をしぶしぶ引き受けるが、そのためにさんざんな目に遭う。その後友人の家に行…

気になる未邦訳作品第三十回は“A Place for Us”(著者:Fatima Farheen Mirza、出版社:SJP for Hogarth)

インド式結婚式が家族をふたたび集結させようという時、親であるRafiqとLayla子どもたちの選択をよくよく考えなければならない。Hadia。頑固な一番年上の娘で、伝統ではなく愛による結婚をした。Hudaは真ん中の子で、姉の足跡をたどろうとしている。そして最…

正しい生き方を求める「ともぐい」

ある日、山中に住む熊爪という男が、熊に襲われ傷を負った男を見つける。 たとえばそんなふうに、この本のあらすじを書き始めることはできるだろう。しかし、あなたはこの始まりから、どのような物語を想像するだろうか。たとえば熊爪が傷を負った男と友情を…

気になる未邦訳作品第二十九回は“Nuestra parte de noche”(著者:Mariana Enriquez 、出版社:Vintage Español)

若い父親と息子が、二人ともが愛していた妻であり母である女性の死に打ちひしがれながら、ロードトリップに出る。悲しみによって結びついた二人が目指すのは彼女の先祖代々の家だ。そこで彼らは、彼女の遺した恐ろしい遺産と向き合わねばならない。不死を探…

ヒーローがここにいる「アリアドネの声」

※あからさまなネタバレではありませんが、読後感など、結末に軽く触れています。 エンターテインメント、とは何だろう。 その言葉を聞いてまず思い浮かぶのは、子どもの時にテレビで見たハリウッド映画だ。「スピード」や「ダイ・ハード3」(なぜか1でも2…

気になる未邦訳作品第二十八回は”Baddawi” (著者:Leila Abdelrazaq、出版社:Just World Books)

BaddawiはAhmadという名の少年が世界に居場所を見つけようともがく物語である。レバノン北部にあるBaddawiという難民キャンプで育った Ahmad は一九四八年、イスラエル建国につながった戦争の後で故郷を逃れた何千もの難民の子どもたちのひとりだ。 このビジ…

名もなき人々の歴史に刻まれない名前について「歌われなかった海賊へ」

unsung hero、という言葉がある。英雄とはその功績を歌に歌われるものだ。けれど英雄であるのにも関わらず歌われない人がいる。その功績が埋もれてしまっている人々がいる。 本書は、ナチ体制下で体制にあらがったエーデルヴァイス海賊団の少年少女たちを描…

気になる未邦訳作品第二十七回は"My First and Only Love"(著者:Sahar Khalifeh、出版社:Hoopoe)

Nidalは数十年に及ぶ落ち着かない亡命生活ののちに、ナーブルスの家族の家に戻ってくる。そこは1948年のナクバによって一家が世界中に散らばってしまう前、祖母と共に暮らした場所だった。民衆による抵抗運動が始まった時、彼女は若く、流血と苦闘の果てに、…

子どもが大人になるとき「THIS ONE SUMMER」

ここに子どもがいる。母親の体に宿った、まだこの世界に生まれ出ていない子どもが。 そして少女がいる。母親と父親の関係がぎくしゃくしていること、そこに自分以外の子どもが絡んでいることに苛立つ少女、ローズが。 ホラー映画を借りに通う店の店員ダンク…

気になる未邦訳作品第二十六回は"Resist Stories of Uprising" (編者:Ra Page、出版社:Comma Press)

ブレグジットによって社会的・政治的混乱が引き起こされ、気候危機が無視され続ける今、これらの出来事は民主主義国家として未知の領域に属すると考えるのは簡単だ。 しかし英国はこれまでにも政治危機や極右の過激思想を経験してきた。英国の抵抗運動の鍵と…

気になる未邦訳作品第二十五回は"Salt Houses"(著者:Hala Alyan、出版社: Harper)

娘Aliaの婚礼の日、Salmaはカップに残ったコーヒーの粉の痕で彼女の未来を読む。Aliaとその子どもたちが不安定な人生を送るさまがSalmaには見える。旅と幸運も。その日彼女は自らの予知を自分の胸だけにとどめておくことを選ぶが、1967年の第三次中東戦争の…

気になる未邦訳作品第二十四回は”COMMON GROUND”(著者: Naomi Ishiguro、出版社:Tinder Press)

世界を違う目で見るようにしてくれた友だちがいたことがあるか? Stanにはいた。Charlieという友だちが。ある日偶然Goshawk Commonをサイクリングしていて二人の道は交わった。怖いも知らずで賢く、年上のCharlieは、いじめられていて、父の死以来さまよって…

気になる未邦訳作品第二十三回は”Ithaca”(著者:Claire North、出版社:Redhook)

押していただけるとうれしいです! ランキング参加中読書 十七年前、オデュッセウス王はトロイとの戦争に加わるため、戦える年齢の男を皆連れてイタカ島から船出した。誰一人戻っては来ず、残されたイタカの女たちが王国を動かしていた。 ペネロペはオデュッ…

「黒猫を飼い始めた」からお気に入りを五編選んでみた。

押していただけるとうれしいです↓ ランキング参加中読書 いずれも「黒猫を飼い始めた」という一行で幕を開けるショートショート二十六編。二行目からはじまる自由が、各作家の個性を否応なくにじませる。面白い趣向のアンソロジーから五編、独断と偏見でお気…

気になる未邦訳作品第二十二回は”Tom Lake”(著者:Ann Patchett、出版社: Harper)

押していただけるとうれしいです!↓ ランキング参加中読書 2020年春、Laraの三人の娘たちは北ミシガンにある家族の果樹園に帰ってくる。チェリーを摘みながら、彼女たちは母親にPeter Dukeの話をしてくれるようねだる。Dukeは有名な俳優で、何年も前、Laraが…

「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズから三本選んでみた。

押していただけたらうれしいです↓ ランキング参加中読書 近々ドラマ版も放映される「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズから三本、おすすめの話を選んでみることにした。 「ノッキンオン・ロックドドア」シリーズとは 1.「髪の短くなった死体」(「ノッ…